メルボルン郊外の農林業

 ちょっと専門的な話も出てきてしまいますが、メルボルン大学に入学してすぐ、メルボルンがあるビクトリア州西部のスタディ・ツアーがありました。その様子を書いてみます。

 大学院への入学手続きが終わり、授業が始まる前に、ビクトリア州西部の農林業の現状を見学するオリエンテーション・ツアーがありました。年降水量が400mmの地域で天水だけで穀物を生産しているのは驚きでした。700mm程度の雨があるなら十分に牧場として経営が成り立つようです(ただし当時は羊毛の価格低迷でかなり厳しかったよう)。

 雨量だけ比べるとアフリカ並みですが、どうやらオーストラリアの技術をアフリカに持っていけば良いといった単純なものではないようです。農家の経営形態の違い、降雨パターンや蒸散量の違い、地質的・地形的な違いもかなり大きいように思われます。また木を切ると蒸散量が減って水が溜まるところがあるそうです。

 このツアーの中で印象的だったのは、牧畜を営むミルン氏のケースです。

 この地域では白人の入植以来ユーカリを切り、「近代的」な農法を用いてきたところ、土壌の劣化や塩分の集積が進行し、問題となっています。氏は「アボリジニーは何万年も前からここで暮らしてきたのに何の問題も起こさなかった。白人はこの地を『侵略』してから百年とちょっとですべてを壊してしまった。いったい違いはなんだろう?我々はアボリジニーに学ばなければならない」と言っていました。

 他の国に攻め込んでおいて「侵略ではない」と言い張る人の多いどこぞの国と、自分たちは侵略者だと認めてそこから新たに足を踏み出そうとする意識の差にも驚きますが、もはや単なる農業技術というよりは哲学に近いものがありました。

 ただし氏もまだ少数派だそうで、農家の集まりで講演を行ってもmale-dominated(男が支配した)、aged(年寄りばかりの)な集まりでは、なかなか理解が得られないそうです。

 氏の農場には今でも過去に皮をはいで枯らされたユーカリ(River Red Gumという種類)の大木が数多く立っていますが、氏はそれらをScreaming Skelton Gum(泣き叫ぶユーカリの骸骨)と呼んでいました。木を植えなおす作業は着々と進められており、多様性の高い農場を作りたいそうです。

 また数年前の夏に異常な寒波の襲来があり、一晩で万単位の羊が死んだそうですが、木を植えた人は木立の中に羊を隠すことで何を逃れたそうです。ちなみにオーストラリアの大規模な牧場にはいわゆる家畜小屋はなく、動物は夜でも外に出されています。

 一方林業は、年間の雨量が1000mm以上の湿ったところで行われており、ユーカリとラジアータ松(メキシコ原産の松でパルプや木材の原料)が主です。いわゆる皆伐方式で、一定の面積をいっせいに伐採したあと、専用の大型トラクターによる集材が行われています。

 トラクターは土壌をいためるので架線による集材に変えたいけれども、伐採面積が小さいのでコストのかかる架線集材では採算が合わないそうです。このとき見学したのは人が植えた人工造林地でしたが、しばらく後で読んだ自然愛好家の雑誌「Wild」によると、ビクトリア州でも日本に輸出するためのパルプ用材として天然林を伐採しており、問題になっているそうです。